洛中またたび記
一休は、寺の一室でもう半刻ばかりもつるっつるの頭をかいて、うわごとのようにうなっていた。目の前には笹や松の枝だけが描かれた屏風が一幅と、それにさきほどから前足で頭を抱えている虎が一匹。
「困りましたねえ」
一休は、場を持たせるために、何の役にも立たない一言をとりあえず口にした。無言の時間を続けるのは、虎の心中を察するとひどい仕打ちに思われたから。
さあ、どうしたものか。深く考えてはいるが、目のほうはずっと見開いたままで瞑目して沈思黙考という感じではない。目を閉じると、頭の中に公方様の人の悪い笑みが浮かんできて、唾まで苦くなってくるような気がするからだ。
「しかし、公方様もひどい難題をしかけてきたものだ」
まだ数え年で十一の一休は誰ともなく、年寄りじみたぼやきを一つ。すべての発端は、将軍義満である。一休は、虎が屏風から出て困るのでどうにかしてほしいと言われたので御所に赴いた。そこには一幅の虎の屏風がある。聡明な一休は「それでは、虎を縛るので屏風から虎を出して下さい」と即答したのであるが、話はこれで解決しなかった。義満が怪しげなまじないと共に屏風を叩くと、本当に虎が出てきてしまったのである。あとで聞くと、なんでも修験の秘術とか何かだそうで、南朝を併合したときに、吉野の行者から秘術を学んだとかいう話だそうで、つまり将軍様は奇妙な魔術が使えるということらしい。
そんなわけで、動転したのは一休である。まさか、本当に虎が目の前に出てくるとは思わなかった。実物の虎など見たこともなかったが、それでも一目見ただけでそれが人間をむしゃりとやりかねないほど獰猛な生き物ということは十二分に理解できた。しかし、震える一休をよそに、虎は将軍のほうを心外そうに見て、
「公方様、なんてことをして下さるんですか」
虎は礼儀正しかった。将軍の前でも、ちゃんと下がるべきろころまで下がってひかえていたし、いきなり御所のなかで糞尿をするなんてこともしなかった。つまり、よくできた虎だった。ただ、礼儀が人前なら、不平のほうも人前に言った。
「もう、いきなり出さないで下さいよ。平べったい屏風から奥行きのあるところに出されたらびっくりするじゃないですか。さあ、気がすんだら戻して下さいね」
「いや、それが出すのはできるのじゃが、平べったいところに戻すことはできんのじゃ」
「ええっ! そんな困ります!」
「う〜む。そうじゃ、一休、この虎を見事、屏風に戻してみよ」
というのが二刻ばかり前のことである。その間、一休ももちろん名前のように休んだりすることなく、頭を働かせ続けていたのだが妙案は出ない。なにせ、今まで活躍してきたのはとんちのおかげなのである。にもかかわらず、今回必要なのは根本的に屏風から出たものを戻すという、魔術的な力である。密教の高僧などなら、そのようなことももしかするとできるのかもしれないが、一休のつかえる寺は基本的に禅宗の寺である。文学的素養があったり、政治能力に長けたものはいるが、魔法使いはいない。
かといって、匙を投げるわけにもいかない。なにせ、曲がりなりにも公方様のご命令であり、しかも最初から意気阻喪していた虎がついには泣きだしてしまったのである。
「屏風に帰りたい、帰りたいです」
いくら一休に非がないと言っても、それなら何もしていないのに勝手に安住の地から追い出された虎のほうもいい迷惑で、これをほったらかしにしておくというのは仏心にかけると言われても仕方がない。それに、よくできた虎でも猛獣は猛獣である。抜刀した紳士的な武士が目の前にいるようなものであり、あまりに粗略に扱いたくはないという気持ちもあった。
しかし、いくら頭をひねってもできないものできない。というか、将軍様、出すほうしかできないとか中途半端すぎである。やはり、屏風に戻すというのは不可能だ。せめて、この虎が納得してこの世界に住めるように持っていくしかない。
そう悩んでいる間にも、虎は延々と泣きはらしている。
「確かに、故郷は竹や松しかない無味乾燥な世界でしたが、それでも住めば都というやつで、一人で幸せに生きておったんです。ああ、帰りたい」
だが、そこに一休は一つの解法を思いついた。そうか、一人で暮らしていたわけか、そういうことならば。
「公方様、やはりあの虎を戻すのは無理です。いや、もうどうあがいたってそりゃ無理です」
「うむ、わかった。わしも戻す術も努力して身につけることにする。しかし、虎には悪いことをしたのう」
「いえ、この世界に来てしまった虎をこの世界のほうで幸せに暮らさせることくらいはできます。そのために、力をお貸し下さいませ」
「はて、どうしたらいいのじゃ?」
「洛中から集められるだけの猫を集めていただけますか?」
さて、一休は虎を都の外れの原っぱに連れ出した。
「こんなところまで来て、いったい何があるんですか、一休さん?」
「ほら、あそこを見て下さい」
「おおっ!」
そこには、何十という美しい雌猫が揃っていた。といっても、一休にはその美しさのほうはわからないが、同じネコ科の虎にはよくわかるらしい。たくさんの雌猫と、それとこれまたたくさんの雄猫もその横に集められている。
「ここで、みんなと一緒に楽しい時間をすごしていただくことが今日の目的です。雌猫さんとも仲良くなって下さって構いませんよ。さて、虎さん、このように猫語で言って下さい。『さあ、皆さん。今から待ちに待った合懇(ごうこん)の時間です。憂鬱な日々も今日だけは忘れて、おもいきりはしゃぎましょう。マタタビもネコジャラシも干物もたくさん用意してあります。さあ、皆さん、飲みましょう、騒ぎましょう』と」
結局、終止浮かれ気味だった虎は、向い側に坐っていた雌猫とねんごろになり、そのまま子ができ、婚礼とあいなった。
「いやあ、一休さん、あなたのおかげで私は幸せいっぱいです。ありがとうございます。やはり、平べったい世界に一人っきりでいるなんてのは駄目ですねえ。平べったい世界には血が通っていません」
「そう言ってくれるなら、こちらも場を用意した甲斐があるというものですよ」
一休のほうも被害者を救えて、またまた公方様のほうから一目置かれるようになり満更ではない。ただ、幸せ一杯の家族というものを見るのは、妻帯禁止が原則の寺の世界の人間には少々目に毒だった。こののち、一休は不犯どころか、自らの性生活を奔放にうたった詩まで後世に残すようになるのだが、案外子ども時代のこういったところが影響としてあるのかもしれない。もっとも、子ども時代のこのような記録は史料には一切残されていない。
なお、その頃、将軍はせっせと絵から出したものを絵に戻す術を必死に勉強していた。
」