うみねこのく頃に・話別レビュー

戻る

WARNING!!
うみねこはおろか、ひぐらしについても壮絶なネタバレあり


第1話を終えて

 矢継ぎ早に第2の大作を打ち立てた竜騎士07氏、「うみねこのなく頃に」。
 さっそくエピソード1を終えたのでネタバレ全開の感想を述べたい。

 おもしろすぐる君ですよこれは!
 どうしても良作というのは一度たりとも右上の×ボタンを押すことを許さず、ノンストップでやり終えることができた。これで俺のノンストップゲーは「沙耶の唄」「SWAN SONG」に次いで三作目となる。SWAN SONGには98点、沙耶には108点をつけさせてもろた。本作にも続編を俟たずそれに十分匹敵する評価をしたい気持ちやが、今後を楽しみにしたい。

 例えば「ひぐらしの流れを汲んでる」とか、
 どう見ても時報です本当にありがとうございましたとか、
 マリア オメガウザスwwwwwwwとか、

 この作品を語るに当たってアプローチはたくさんあるんだけども、やっぱ一番気になるのはひぐらしとの対比やね。
 ひぐらしはクロスチャンネル同様、最終的には条件付ループものであることが判明したわけであり、謎解きとして挑んでた人乙という超展開(でもないか?)にホゾを噛んだ人は居たのではなかろうか。「なんだよ、結局、超自然的現象かよ」という思いは確かに俺にもあり、オカルトが一部介在してしまった落胆がないにもないが、内容をよく見れば

・超自然的存在である羽入は、直接、舞台となる世界に干渉することはなかった
・ゆえに個々の舞台は極めて物理的にも現実的にも正当に進行した
・リカちゃまコエー

 となっており、結局はL5に象徴される、ある薬品や組織が中核に居たということで、魔法で全てどうにかなったわけではなく、ひぐらしは無事、面白いまま結末を迎えた。

 うみねこの場合も、そうしたひぐらしと酷似した構造が見て取れ、

オヤシロさま = 魔女
レナ他「オヤシロさまは居るよ、あはははは」 = マリア「魔女は居るよ、きひひひひ」
事件を人間の仕業として捜査:大石 = バトラ
得体の知れないフィールド:雛見沢村 = 六軒島
得体の知れない巨大勢力:御三家 = 右代宮家

 となっておる。
 ただ気になるのは同じ舞台を何回も巻きもどして繰り返していく、それらを重ねて見る事で一本のシナリオでは見えないものが見えてくる」という“多層世界”もの(Wikipediaより)と作者がうみねこに銘打っており、ひぐらしがスタートがある一定の状況で、その後が様々な展開であるのに対し、うみねこでは展開まで同じものを繰り返すというところだ。将棋でいうと、ひぐらしは平手で色んな将棋を指すのに対し、うみねこでは全く同じ棋譜を再現し、見せ方を変えるということになるんじゃないか。つまり本筋は一つか? もちろんそれでも、メタ小説の究極の一つである舞城王太郎の「九十九十九」みたいに、前に語られたことを全てフィクションにしてしまうことはできる。現にこの第1話の最後では「酒瓶にそんなにいっぱい原稿用紙入るかよ」とか「9歳文豪かよw」というツッコミは放置しても、この話がマリアによって書かれたものであるということで終わる。じゃあホントに起こったことはまた別にあるのかな、と次作の立場を想像することは容易い。本当にマリアが書いたのかも怪しいが、何にせよ、このゲームは(ひぐらしもそうだが)推理すべきものではないな。特に第1話なんかでは、(ひぐらしもそうだったように、多分)提示されている情報が少なすぎて、我々にはどうしようもない。なんて言いながら、いつの間にかあれこれ考えてしまうのがこの作品の面白いところですが(笑)。
 しかし正味の話、トリックなんざ、例えば

実は全員バトロワみたいに別の島に連れてこられているんだけど気づいてなくて、そこのフェイクの建物には隠し扉ありまくりで、犯人行き来し放題。まさに魔女

 とか、

死んだとされた人は全員どこか快適な地下室にでも招待されていて、死体は精巧に作られたフェイクであり、最後まで残った人にドッキリを仕掛けている。まさに魔女

 なんていくらでも考えられるわけだよな。だがここで「チェス盤をひっくり返して」(笑)みると、ゲームとして出されている以上、作者はそれを面白い作品にしなければならないわけだから、あまりに無茶なことにはしないだろう。それこそ、魔女が全部やりましたなんて話では絶対ないはずだ。早々に作者の方から提示してくる考え方は、どれも多分間違っていると思う。ひぐらしの時も「オヤシロさまのたたり」か「人間の仕業か」の二択が最初に出され、しかし「人間」の方は園崎とかの既知の団体に限られていた。そして答えは「第三者(東京)」であり、最初の二択は間違っていた。じゃあ今回はといえば「人間(18人の中の誰か、誰かたち)」か「魔女」の二択だ。このどっちでもないパターンを考えてみると「単なる事故」とか「実はみんな自殺(清涼院流水先生ごめんなさい)」とかか。うーん。もしや更に裏をかいて、本当に魔女の仕業にするのだろうか? ひぐらしで鍛えられたプレイヤーに「ミスリードが逆に怪しい」と思わせるミスリードなのだろうか(笑)。しかしそれは「チェス盤をひっくり返し」て、作品の質を考えると、ないように思う。

 と、こんな風に色々考えてしまうほど奥深い作品ではある。俺はまともに推理なんかする気はさらさらないが、こうした遊戯に興じるのは結構楽しいと思える。作者に下駄を預けて、どうなるんだ、俺らを困惑させてくれ、絶叫させてくれ〜と思考停止するのもいいね。そういう摩擦熱こそがエンターテイメントの醍醐味ですからね。「推理する」という知的に参加する間口も十分に取られていて、よくできてる。次が待ちきれない作品です。